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「心の理論」の「心」とは(1)

2009.02.24(16:48)
(昨日の『アスペルガーにSAMはあるのではないか(三項関係と言葉)』からの続きです。)

「心の理論」の問題というテーマに入る前に、まず広義の意味においての、「心」とは何であるのかを考えてみたい。
(またマニアックな内容となっております。いつもの前置きは省略します。)

まず、広辞苑では「心」という言葉の意味に、以下のようなものを挙げている。
 人間の精神作用のもとになるもの。
 人間の精神の作用そのもの。
 知識・感情・意思の総体。
 おもわく。
 気持ち。
 思いやり、情け。
 他に 趣き、趣向、意味、物の中心、等。

これだけを見ても、様々な言葉で言い換えられており、大変分かりにくいように思う。
一言に「心」といっても、説明がとても難しいものだということは、すぐに分かることだろう。

実際、心理学、哲学、脳神経科学などの分野においても、はるか昔から、「心」という問題は、ずっと考察をされてきたテーマなのであるが、今もって明確なる答えは出ておらず、また立場によっても、微妙に意味は違うようである。

私のような素人が、「心」というものについて語ることは、とても難しいことなのだ。

また、言葉というものが元来持っている問題がある。
どういうことかというと、言葉というものは、時代や文化、また個人の持つ知識量や状況などによって常に意味する内容が変化するのである。

例えば、日本では通常「太陽」は「赤のイメージ」と決まっているけれど、欧米などでは「黄色いイメージ」となっている。
このように、文化によって言葉の持つ意味内容は多少変わり、同じ「太陽」という言葉を聞いても、イメージする色(内容)は違うのである。

また、語彙をあまり持たず、「焦り」や「妬み」や「悔やむ」という言葉を知らない場合、それらは全て「不安」という言葉で表現されるかもしれない。
その場合、その人と「不安」について語る場合、両者の「不安」の持つ意味はちょっと違うものとなる。

そして、言葉は対象物を比較をした結果の差異から意味が与えられ、また比較対照をする対象物によって意味が変わってくる。

分かり易い例で言うと、「右」という言葉は「左」があって初めて成り立つし、「1万円」は「1円」より高額だが、「1億円」に比べたら小額となる。

このように言葉は変化する為、ここで「心」について簡単に説明をするのは難しいという側面もある。

だから学者は論文を書く際には、どのような立場による主張(言葉)であるかを明確に記すし、同じ土壌(専門家同士)の会話では専門用語を使うが、一般読者相手には簡易な言葉に置き換えるか、注釈をするのである。

話が多少脱線して申し訳ないが、私はこのような言葉の事情から、一般人を相手に、専門用語や分かりにくい難解な表現を使うことを良しとしていない。
もし公の場で不特定多数に対してそのような言葉を使うのであれば、それは単なる自己満足でしかなく、他人に広く理解されることを拒む行為であると考えている。
簡易な言葉に言い換えられる内容に、あえて難解な言葉を使う必要はないのである。
(また、優れた識者は、簡易な言葉や分かりやすい文章を用いるものだ。)

さて、本題に戻ろう。

このように「心」とは私にはとても定義出来る言葉ではないのだが、狭義の意味においては定義をすることも出来る。
例えば、財布を落として落胆している私の「心」とか、「おもてなしの心」といったような前置きが付いていたりする場合だ。

そこで「心の理論」の「心」である。

私はこの「心」は広義の心の意味ではないと考えている。
「心の理論」の「心」は、単に検査をする上で分かり易いからと、付けただけなのではないか。
「心の理論」の意味としては、「他者の心の動きを類推したり、他者が自分とは違う信念を持っているということを理解したりする」となっている。
これは「心」なのか?
私には違うように思われる。
(また、共感とも違う。)

これは、「自我」の芽生えの問題ではないのか。

長くなったので、次回に続く。
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コメント
こんばんは。
難しいテーマですね。

ワタシが思うのは、「a theory of mind」としては通用するが、「心の理論」としてしまうと意味が異なってくるような気がしてます。

mindのtheoryについて語っているので、theoryに乗っ取らない場合、それは発達が遅滞しているとは限らない。

比較対象による語彙選択の視点は個人的に非常に興味深いです。
なるほど、自我ですかあ。

主体と客体の関係性という観点で、
ワタシは異なる視点から切ってみようと思ってます。
【2009/02/24 18:36】 | pluto | [edit]
>plutoさん
ナイスなツッコミありがとう!!

そうそう、翻訳の問題もあるんだよね。
すっかり忘れてましたわ(笑)
ども、サンクス。

しかし、そうすると今度は「mind」とはなんぞや・・・とまた始まっちゃいそうだけど(←おいっ!(笑))、英語に詳しくないんで、お手上げだわな。
plutoさんの方が詳しいみたいだから、良かったらいつか解説お願いします。

>「a theory of mind」としては通用するが・・・
>mindのtheoryについて語っているので、theoryに乗っ取らない場合、それは発達が遅滞しているとは限らない。

↑の点などが、いまいち理解出来なかったんで、よろしくです。

比較対象うんぬん・・・という言葉の問題の話は、哲学や言語学をかじっている方なら、ご存知の方もいると思います。
私はさほど詳しい訳ではないので、今回の記事は私が理解した範囲での話になっちゃってるんだけど・・・。
言語学にも興味があって、もうちょっと本格的に勉強したいという思いは前から抱えてるんだけど、そこまで手が出ない状況なのだわ~。
まぁ、死ぬまでに出来ればいいや(笑)
言葉の世界も考えていると、とても面白いよね。
よく一人で色々考えて、一人でツッコミ入れてるんだけど、閃いたり、理解出来ると、それが本当に大いなる喜びなんだよね~(しみじみ)

>主体と客体の関係性という観点で、 ワタシは異なる視点から切ってみようと思ってます。

わーーー!めっちゃ楽しみっっ!!!(わくわく)
やっぱplutoさん、脳に刺激的で面白いし好きだわ~(笑)
【2009/02/25 10:43】 | もけ | [edit]
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Author:空海もけ(そらみもけ)
ADHDの鍼灸師。面倒臭がり屋でふざけるのが大好き。着ぐるみ脱ぎました。
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背が高くてよく食べる。
お煎餅が大好き。

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※漫画の内容は、事実を元に多少脚色してあります。

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