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昔書いた感覚の話(5)

2009.01.26(11:43)
今度は、診断前に書いた感覚の話です。
前の「昔書いた治療の感覚(3)、(4)」を踏まえた上での話となってます。
またもや長文で、マニアックな内容ですが、私にとってはとても大事な話です。
ドナ・ウィリアムズさんの著書にも触れています。

(ここからスタート↓)

またマニアックで多分に共感を呼ばないような話を書こうと思う。
何度か同じ内容の話は書いているのだけれど、また書きたくなったから書いてみたい。

以前の日記でも何度か書いたけれど、私は私の中に感じる"感覚の世界"を持っている。
そこはとても気持ちが良い幸福感に溢れた素晴らしい世界だとも書いた。

つまっている話とも重複するが、この間、調子が悪かった時に、意識して意識レベルのスイッチを変えた。
その時思ったのだが、なんというか、心身を流れている音階というか、トーンを変えるといった感じなのだ。
「トーンを変えよう。」と意識すると、意識が変わって、心と体の中に心地良い風が通り抜けて行く感じになる。
風通しが良くなる感じ。

そうすると、感覚が敏感になるというかより集中されて、意識されるものが全く違うものになる。
意識の階層が変わる感じ。

そして多幸感に包まれる。
私はドラッグをやったことがないからよく分からないが、もしかしたらドラッグをやったらこのような感覚になるのではないだろうか。
私の場合、天然ドラッグをやっているような感覚である。

でも、うるさかったり臭かったりする場所など、外部刺激が多いとその世界に浸るのは難しくなる。
蛍光灯が眩しい場所や、人込みとかもダメだね。
心身の調子が悪すぎても難しい。
以前、闘病中に脱水症状を起こして、痙攣を起こして危なかったことがあったが、その時は思考能力が著しく低下して、ひたすら「辛い。」としか頭に浮かばなかった。

でも本当に意識を変えると素晴らしい世界が目の前に広がるのだ。
物事は生き生きとして、まるで語りかけてくるようになる。
脳内に快楽物質が流れているような感じ。
社会的・表面的な意味などは全く意味を持たなくなり、もっと本質的な意味を帯びるようになる。
生きている実感を感じる世界。
例えようもないぐらい、美しく甘美な世界。
存在する喜びを与えてくれる世界。

他の人もこの感覚を感じているのかと思っていたが、多分にそうではなかったことに気付いたことも以前に述べた。
また、ドナ・ウィリアムズという高機能自閉症者の手記に似たような記述が出てくる。
彼女の感覚は私と似ているように思えるし、大いに共感が出来る。
ここで、その中に出て来る同じく高機能自閉症者である13歳のスーザンという女の子の言葉とそれにまつわるエピソードを抜粋して載せたいと思う。

(引用ここから)

「わたしの世界はとてもきれいだった。
 いろんな色と音でいっぱいだった。人は一人もいなかった。
 でもある時、お友達ができた。それでわたしの世界はなくなっちゃったの。
 五歳の時に、お友達がいろんなことをしているのを見るのがおもしろくなって、それから私の世界の方には行かなくなったの。それで、なくなっちゃった。
 でもあの世界のことは、今でもはっきり覚えてる。
 少し大きくなってからは、他の子たちと一緒にその世界を楽しもうとしたんだけど、全然わかってもらえなかった。皆わたしのことを、ばかだとかきちがいだとか言うだけで。それで、もうあきらめて、わたしも皆と同じようになろうって決めたわけ。」
かつて過ごした日々を振り返っていた時、13歳のスーザンは、まるで90歳の老女のようだった。彼女が本当に生きていた場所は、「彼女の世界」だけだったのかもしれない。色彩と音でいっぱいの美しい世界、意味も解釈もない世界、ただあるがままでいられる世界。そこをスーザンは、「普通にふるまう」ことと引き換えに、去ってしまった。そうして思い出以外のすべてを、葬った。
「あるがまま」の世界は、「世の中」でのことばを必要としない、美しく豊かな場所だ。
マルコム(※他の自閉症の男の子)は自分自身の世界は持っていた。だがスーザンやわたしが持っているような、「あるがまま」の世界の、溺れてしまいそうなほどの美しさややすらぎは、まったく知りはしなかった。
ものや自然や模様や色や音や感触やリズムの世界も、死んでいるも同然のものなのだ。

(引用終わり※途中省略あり。)

このエピソードに私は大いに共感したのだが、大体の人には理解不能の訳の分からない話となるのだろうか。
私は自閉症と診断されたことはないし、正直自分自身で発達障害傾向を感じることもあることはあるが、些細でありたいしたことはないと思っている。
また、実際に自閉とは関係のない友人で、似たような意識を感じる人もいる。
だから、発達障害(自閉症スペクトラム)だろうとなかろうと、感じる人は感じるのだろうと思うのだが、大体において皆はやはり感じないものなのだろうか。

何故感じないのか私には全く分からない。
正直に言うと、感じないことが少しかわいそうに思ってしまったりもする。
もちろん感じないからといって、不幸でもなんでもない。
逆に感じない方がいいと思う人もいるだろう。
私は感じることが楽しいし嬉しいから、そう思っただけの話である。
しかし、感じるかどうかで、生きる意味がだいぶ変わってくると思う。

ところで、こないだスーザン・A・クランシーの『なぜ人はエイリアンに誘拐されたと思うのか』という本を読んでいたら、このような記述を見付けた。


統合失調型の傾向の強さと空想傾向の強さには、総体的に見て、明らかな相関関係がある。
統合失調型の人によく見られた症状は、
「実際に起きるまえに夢で見ることがある」
「だれかがわたしのことを考えていると、それがわかることがある。」
「そばにある物体とひとつになったと感じることがある。」
また空想傾向の人は、
「音楽を聴いていると、没頭してしまってほかのことは気づかなくなる」
「薪がパチパチ燃える音を聞くと、想像力が刺激される」
「なにかを思いつくとき、言葉ではなくて視覚的なイメージで浮かぶことが多い」


全部ではないが少しあてはまるので、もしかして私は統合失調型や空想傾向なのだろうかと思った。
空想はめちゃくちゃ大好きで、小学三年生の時に趣味を書く欄に「空想」と書いた記憶もある。
私にとって空想に耽っている時間は、誠に至福の一時であった。

まあ、何であれ、あの世界感の素晴らしさは変わらないけれど。
しつこいけど、本当にどうして皆が感じないのか不思議だし、出来るなら是非お勧めしたいと強く思う。

また長文になりました…。
あと気付いたのだが、人を見てつまっているとかいないとかいう話も、その人の"トーン"を感じるというか、その人に対して音階や色などを色々と感じるということだと思う。
つまり共感覚ってことなのかもしれない。


(終わり)

共感覚も面白い世界だよね~。


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Author:空海もけ(そらみもけ)
ADHDの鍼灸師。面倒臭がり屋でふざけるのが大好き。着ぐるみ脱ぎました。
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背が高くてよく食べる。
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※漫画の内容は、事実を元に多少脚色してあります。

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